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広島地方裁判所 昭和40年(ワ)28号 判決 1967年8月22日

原告 渡辺沢次

右訴訟代理人弁護士 星野民雄

被告 善光寺

右代表者代表役員 西原幹

右訴訟代理人弁護士 吾野金一郎

同 江島晴夫

主文

被告は原告に対し、金一、八七八、〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年一月二三日より右支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求はこれを棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告その余を被告の各負担とする。

事実

第一、請求の趣旨

「一、被告は原告に対し、金二、三九九、五〇〇円並びにこれに対する昭和四〇年一月二三日より右支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。」

との判決を求める。

第二、請求の原因

一、原告は別紙目録(一)記載の土地上に庭園を造成してこれを所有していた。別紙目録(二)記載の土地は被告の所有であり、被告は右土地の一部を宅地に造成してこの造成地を所有し、かつ占有している。

二、ところが、昭和三九年六月二七日午前一〇時より約一時間にわたる降雨のため被告所有の右宅地造成地の前斜面が崩壊し、流出した土砂のために原告所有の前記庭園は全く埋没した。

右前斜面の崩壊は、被告が右宅地造成に当り降雨等による災害防止につき何らの考慮をも払わず、そのための充分な設備をしなかったため生じたもので、被告の宅地造成工事のかしに基くものである。

従って被告は原告に対し土地の工作物たる宅地造成地の占有者並びに所有者としてその設置のかしにより生じた前記庭園の埋没による損害を賠償する義務がある。

三、前記庭園の埋没により原告は次のとおり損害を受けた。

(1)  庭園内にあった庭木、庭石、茶室その他の庭園設備が崩壊したので、その価格相当額の損害 金二、二九五、五〇〇円

(2)  宅地庭園内に流出した土砂の除去工事に要する費用相当額の損害 金一〇四、〇〇〇円

合計 金二、三九九、五〇〇円

四、よって原告は被告に対し前記損害金合計金二、三九九、五〇〇円並びにこれに対する不法行為の後である昭和四〇年一月二三日より右支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、請求の趣旨に対する答弁

「一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。」

との判決を求める。

第四、請求の原因に対する答弁

一、請求原因事実の認否

(一)  請求原因第一項記載事実中、原告が別紙目録(一)記載の土地上に庭園を造成してこれを所有していること、及び別紙目録(二)記載の土地が被告の所有であることは認める。

(二)  同第二項記載の事実は否認する。

原告所有の庭園が埋没したのは、原告がその裏手の谷に畑を造成し自然の水路をせき止めたため、折からの豪雨がはんらんして右畑地をくずしその土地を流出せしめたためであって、被告所有の宅地造成地の土砂が流失したためではない。

又被告所有の宅地造成地の崩壊は不可抗力によるものであって、その設置にかしがあったためではない。被告は右宅地造成にあたり、その前斜面の下部に石垣を築造して地磐を固め山間の寺院としての地位に応じた予防方法を講じていたもので、これ以上の施設をすることは費用及び経済効果からみて現実に不可能であり、又右施設で過去約一〇年間何らの事故も発生しなかったものである。

(三)  同第三項記載の事実は否認する。

二、被告の主張

(一)  原告は訴外日本国有鉄道に対し本件宅地からの立退を約しその補償金を受領しているので、原告にはその主張の如き損害はない。

(二)  仮に原告に損害ありとするも、前記のとおり原告の庭園を埋没せしめた土砂には原告の畑地の土砂も含まれておりその損害の増大につき原告にも過失がある。

第五、証拠関係≪省略≫

理由

原告が別紙目録(一)記載の土地上に庭園を造成してこれを所有していたこと、及び別紙目録(二)記載の土地が被告の所有であることは当事者間に争いがない。又、被告が右所有地の一部を宅地に造成してこの造成地を所有し、かつ占有していることは被告において明らかに争わないからこれを自白したものとみなす。

二、≪証拠省略≫によると、昭和三九年六月二七日広島地方は一日降水量一一六、六ミリメートルに及ぶ豪雨に見舞われ、このため同日午前一〇時頃から数回にわたり前記被告所有の宅地造成地の前斜面が崩壊し多量の土砂が流出したこと、及び右流出した土砂によって前記谷川の下流地域に存した原告所有の庭園が埋没したことを認めることができ右認定に反する証拠はない。

三、そこで右前斜面の崩壊が被告の宅地造成工事のかしに基くものであるかどうかにつき判断する。

(一)  ≪証拠省略≫によれば次の事実を認めることができる。

(1)  本件宅地造成工事は昭和三一年一一月一日より翌昭和三二年二月にかけて施工完成されたものであるが、その前斜面の工法は、もとの山の斜面上部を切り取りその土を下部の畠の上に落して盛土をなし、勾配四五度程度、約二〇メートル四方の斜面をもって谷川に面し、右斜面最下部のうち下流側約半分には腰石を積みその裏には約四〇センチメートル位、ぐり石を入れると共に、その後方に、コンクリートを打ちそこから鉄筋で前方の石を引張るいわゆる「ひかえ」を二個所につくり、斜面上部は「しがら」を組んで土止めをなしその表面に芝生を植えたものであること、及び斜面下の谷にはその上流側に高さ一、三メートル位の堰堤を作り水勢の緩和をはかったこと。

(2)  右斜面崩壊の原因はその下部のうち上流側の石積がなされていない部分が洗堀をうけ、同時に斜面下部の盛土部分が降雨により含水し、旧地盤と盛土部分に肌分れをなして地すべりを生じ上部との均衡を失った結果であること。

(3)  昭和三七年七月二二日に広島市内がその規制地域に指定された宅地造成等規制法・同法施行令・同法施行規則・同法施行細則(広島県規則)の規準によれば、本件宅地造成地については、造成地の斜面勾配は三〇度以上にゆるくし、腰石積の裏へは全部コンクリート工事をすることが要請され、そのコンクリートの厚さは高さの程度に応ずるも本件石積の場合上部で三〇センチメートル、最下部では六〇センチメートルを要すること、となること及び右基準は雨量一時間一二〇ミリメートルに対する防災を限度として計画されたものであり、昭和三九年六月二七日の広島市内の最大降雨量は一時間四〇ミリメートルにすぎないから右基準による工事施行によって本件斜面の崩壊は防ぎ得たものと考えられること。

≪証拠判断省略≫

(二)  以上の諸点からみると、本件斜面の崩壊は被告の宅地造成工事のかしに基くものと認めるのが相当であって、右かしの存在および他に何等かの原因が加わったかどうかは別として右かしと右事故との間に因果関係の存することはいずれもこれを否定することができない。

勿論前記宅地造成等規制法等による基準は本件宅地造成工事より後に施行されたものではあるが、右は行政監督上の立場から定められ義務ずけられるに至ったというにすぎず、右基準に基く工事は防災上相当なものと考えられるから、これを欠くことによって宅地造成地の崩壊を招くような場合は、右宅地造成工事は不完全なものという外なく、防災設備がたんに公法上未だ義務ずけられていなかったことの一事をもってかしのないものということはできない。

被告は本件宅地造成地の崩壊は不可抗力によるものである旨主張するけれども、前記基準施設の施行によりこれを防止しえたと認められることは前記のとおりであり、又右防災の施設をすることが費用及び経済効果からみて困難であったとしても、それだけの理由で被告がその責任をまぬかれることはできない。

そうすると被告は原告に対しその設置にかしのある宅地造成地(土地の工作物)の占有者としてその宅地造成地の崩壊により生じた後記損害を賠償すべき義務があることになる。

四、次にその損害額についてみる。

≪証拠省略≫によれば、原告所有の庭園内にあった庭木・茶室その他の庭園設備は大部分押流されて崩壊し、滅失したと同視すべき状態になったこと、右庭園設備の価額合計は、金二、二九五、五〇〇円に及ぶも、庭木のうちもくせい、万両赤白、錦竹、さかき、なる天等価額合計金四二、〇〇〇円相当のものが残存していたこと、並びに、雪見燈籠、自然石燈籠、親子地像、布袋石、井戸側石、その他の庭石等、価額合計金四七九、五〇〇円相当のものが右土砂の中に埋設して残存していること、及び右庭園内に流出した土砂の除去工事費用として少くとも金一〇四、〇〇〇円を要すること、をそれぞれ認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫

右事実によれば、原告は庭園設備の価額合計金二、二九五、五〇〇円から、残存庭木の価額合計金四二、〇〇〇円及び残存庭石等価額合計四七九、五〇〇円を差引いた金一、七七四、〇〇〇円と流失土砂の除去工事費金一〇四、〇〇〇円との合計金一、八七八、〇〇〇円相当の損害を蒙ったものということができる。

五、被告は、原告は訴外日本国有鉄道に対し、本件宅地からの立退を約しその補償金を受領しているので、原告にはその主張の如き損害はない、又仮に損害ありとするも原告の庭園を埋設せしめた土砂には原告の畑地の土砂も含まれておりその損害の増大につき原告にも過失がある旨抗弁するも、右いずれの抗弁事実をもこれを認めるに足りる証拠がないので、右抗弁はいずれも理由がない。

六、以上認定説示のとおりであるから、原告の本訴請求中前記損害金合計金一、八七八、〇〇〇円及びこれに対する不法行為の後である昭和四〇年一月二三日より右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分はいずれも理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 胡田勲 裁判官 永松昭次郎 淵上勤)

<以下省略>

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